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辺野古社交街アップルタウンの現在
今週末、2月24日(日)はいよいよ沖縄で県民投票が行われます。
県外でどの程度報道されているか分からないので、もしかしたら「なんのこと?」と思われる方もいるかもしれません。念のため簡単に説明しておきますと県民投票とは、米軍基地を名護市辺野古(へのこ)へ移設することの賛否を問う、離島を含む沖縄県全域で実施される投票です。選択肢は「賛成」「反対」「どちらでもない」の3択。個人的には「どちらでもない」ってなんやねーんって思うんですが、まあそれは置いておいて。
移設先である辺野古って、じゃあいったいどこにあってどういうところなのか、知らないという人も案外多いと思います。はじめて沖縄を旅行する人がまず立ち寄るような観光地ではありません。
そこで本日は、現在の辺野古社交街の様子をご紹介したいと思います。
2012年に復帰40周年特集『看板跡で巡る廃れちゃった繁華街めぐり』でも少しご紹介していますが、あれから7年。相変わらず廃れたままなのでしょうか。それとも...?
なおデリケートな話題なので予め断っておきたいと思いますが、特に基地移設の賛否を問うような内容ではないので、お菓子でもつまみながらいつもどおり気楽に読み進めていただければと思います。
アップルタウンの由来
沖縄本島の東海岸を通る国道329号線を那覇方面からひたすら北上。名護市に入り、沖縄工業高等専門学校(通称:高専)のある辺りが辺野古と呼ばれる地域です。
地図を見ても分かるように辺野古地域のほとんどが米軍施設となっており、高専を過ぎてすぐの国道沿いから海側のエリアに広がっている辺野古商店街が唯一の繁華街となっています。
繁華街への入り口はこちらの看板が目印。
辺野古社交街は通称『アップルタウン』とも呼ばれており、以前は白っぽい看板に英語で『WELCOME APPLE TOWN』と書かれていたのですが、近年新しいデザインになり『辺野古商店街』という日本語の表記がメインになりました。なんと電光掲示板までついています。ただ『商店街』というよりもやはり『社交街』の響きのほうがしっくり来るので、以降は『社交街』で書き進めていきたいと思います。
側面には漢字一文字で『勢』。エイサーのシルエットも描かれています。
以前のアメリカっぽい雰囲気はなくなってしまいました。
看板の下にはアップルタウンの由来を説明する看板があります。
1957年に辺野古地域が宅地開拓事業を行った際に、協力を惜しまなかった米軍民政府土地課長アップル中佐の功績をたたえて名付けられたものだそう。
右下の写真の背景に写っているのは、『武乃湯』という銭湯。つい先月、取り壊し前に1日限定で地域住民に開放されたというニュースが話題になりましたね。
「武の湯」懐かしく 名護・辺野古の銭湯跡 1日限定で地域に開放 取り壊し前に住民集う - 琉球新報(2019年1月26日)
いつのものでしょうか。けっこう古そうな街路図が残されていました。クラブやスナック、バーが多数名前を連ねています。
こちらは近くにあった新しい街路図。右半分あたりが古い地図で表示されているエリアです。いくつかそのまま残っているお店もありますが、ずいぶんと少なくなってしまった印象です。
それでは、辺野古社交街を散策してみましょう。
辺野古ぶらぶら街歩き
まずさきほどの看板があった社交街入口のすぐ近くにパーラーが二軒ほど。
パーラーキヨタ
パーラークイックストップ
この二軒は比較的看板のペンキが新しくてはっきりしている様子からも分かるように、現在も営業している様子でした。訪れたのが日曜日の午前中だったので残念ながら休業でしたが、クイックストップはハンバーガー2ドル(200円)からという価格設定でした。タコライスチーズは500円。
イタリアンレストラン。営業中の札が出ていましたが、中は暗かったので休業中っぽいです。
入り口から少し奥へ進むと、インドカレーを出しているパーラーやタトゥーショップ、ビリヤードなどが営業中でした。とはいってもまだ午前中ということもあり静かなものです。
電気がついていたり洗濯物がはためいていたり、たしかに人々が暮らしている気配はあるのですが、たまに車が通り過ぎるぐらいで出歩いている人はほとんど見かけませんでした。
かつてレストランやバー、クラブだった建物が、そのまま民家として使われているのも多数見かけました。かなりかすれて見えづらくなっていますが、コンクリートに『RESTAURANT』の文字が。
こちらは『Sea View』。左右対称のユニークな建物です。
かすかに見える EAK の文字。もしかしたら、STEAK(ステーキ)と描かれていたのでしょうか。
こちらの建物はかすかにペプシっぽいペンキの跡が。
現役っぽい夜のお店もちらほらと
こちらはキャバレー。ペンキが塗り直されて間もない感じなので、現在も営業中なのでしょうか。
こちらはバーでしょうか。スメーリーという店名と、入り口左にあるスライド式の小窓がものすごく気になります。
PINK DIAMOND 千草
沖縄ではおなじみの『ホステス募集』ではなく『ホステス採用』。そしてひょうたんの徳利に入った泡盛のイラストがかわいい。
唐突なちゃーがんじゅー。
けっこう大きな通りですが、ここでも人に会いません。
社交街の中心あたりにある渡久地ストアーは元気に営業中でした。商店なのに、入り口の左右に門柱のようなものがあるのがなんだか珍しい気がします。
渡久地ストアーの店内に貼られていた筆書きの新年の挨拶。達筆過ぎる...!
辺野古警察署の眼の前にある2階建ての建物は、映画『ホテルハイビスカス』の舞台。なんとなく面影が残っていますが、現在は周囲にガラクタが積まれ廃墟のようでした。
現在は廃墟となってしまったクラブやバー
社交街の奥のほうに進むにつれ、現在はすでに廃墟となってしまった元クラブやバーの建物が多くなってきました。
壁に大きく星条旗が描かれた建物。
ただ、廃墟に囲まれた中にも電気がついていたり玄関がきれいに掃除されていたりと、ちょこちょこと営業していそうなお店もあったので、また夜に来てみると雰囲気ががらっと変わるような気もします。
日曜の午前中なのに、店内の電気がついていたテキサス。
こちらの寿司レストランも小奇麗にしてあったので営業してそうです。
ふと見上げた電柱の表記には『道場』と『スワーブ』とありました。スワーブはキャンプシュワブのことだと思いますが、道場って一体...?かつて、このあたりに空手道場があったのでしょうか。
賛成?反対?それとも...?
社交街を後にし、最後に辺野古の海岸までやってきました。
以前、有刺鉄線が置かれていた場所に石やさんごが並べられていました。
沖縄に住んでいる以上、避けて通ることはできない基地問題。県民ひとりひとり、それぞれいろいろな意見があると思います。正直、私には難しすぎて頭から煙が出そうです。ただ、考えるのを止めてはいけないんだと思います。沖縄県民に平等に与えられた一票の権利。面倒だから...分からないから...と無駄にせず、しっかり投票しましょうね!
何時になく真面目な感じで終わりそうですが、辺野古社交街の街並みは個人的にただただ魅力的でした。
コンクリートの無骨な造りも、色あせたペンキも、日本の住宅には無い鮮やかな壁の色も。
沖縄のディープな雰囲気を味わいたいなら、辺野古社交街を是非訪れてみてください。沖縄には、まだまだ私たちが知らない世界がたくさんあるのです。