2018.08.02

戦前から続く沖縄唯一の専門店、渡口万年筆店を訪ねて

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沖縄で唯一残る、戦前から続く万年筆専門店『渡口万年筆店』。ビルの二階でひっそりと営業している、レトロな店を訪ねました。

沖縄で万年筆店といえばここ

沖縄に万年筆の専門店があるってご存知でしたか?
それがここ、那覇市久茂地にある青い看板が目印の『渡口万年筆店』。

ゆいレール美栄橋駅からほど近くのマンションや商業ビルが立ち並ぶ一画、ローソンがあるビルの二階にあります。

というより、このビルの名前自体が”渡口万年ビル”なのでローソンが入居している、というかたちになるかと思います。

昭和の香りが色濃く残る、味わい深いエントランス。ドアの横に掲げられた、ビル名が描かれた木製の札がめちゃめちゃ渋いです。案内表示を見ると、2〜3階にかけて万年筆店の他に企業が数社入居しており、4〜6階はアパート、7階には『ブカベアー』というスナックが入居しているもよう。上階に行くに従ってだんだん床面積が狭くなっていく構造なのか、外観からはまさか7階まであるように見えなかったのでちょっと驚きました。
それではエレベーターまたは階段で、二階にあがってみましょう。

階段、エレベーターを降りたら右手に向かい、様々なポスターが貼られた暗い廊下を進んでいくと小さな扉が見えてきます。

そこが渡口万年筆店です。

ちょっと入りづらい雰囲気ですが、勇気を出してドアを開けてみましょう。


ん?ここはいったい...?

雑然と並べられた万年筆や書類が積まれた棚があり、まるでどこかのレトロなオフィスに迷い込んでしまったかのよう。ちょっと戸惑いつつ棚の中に並ぶ万年筆を眺めていると、部屋の中央にデーンと置かれた大きなデスクに座っていた男性が「あなたも万年筆を使っているのかな?」と声をかけてくださいました。

こちらの方こそが、店主の渡口彦邦さん。
「万年筆はまだ使ったことが無いんですが、興味があって。あとこのお店がずっと気になっていたんです!」と応えると、「そう。じゃあどうぞ、ここにかけて」と椅子を勧められました。
 

今や全国でも珍しくなってしまった万年筆専門店

渡口万年筆店は1932年創業。今年で創業から87年になる、戦前から続く老舗です。
もともとはカデナに本店、那覇と名護にそれぞれ支店を構え、県内3店舗で営業していたそう。

今ではここ那覇の店舗を残すのみになってしまったそうですが、かつては広告もたくさん出していたこともあり、沖縄の昔の人なら『渡口万年筆店』という名前を知らない人はいないんじゃないかな?と笑っておられました。

950年代頃はオリジナル万年筆を製造していたそうで、富士Tブランド TOGUCHI PENという商品名で刻印を入れていたそうです。
三ッ山にカタカナの「ト」の文字が描かれているのは、カデナ本店時代のロゴマーク。ちなみにこの三ッ山は、渡口三兄弟を表しているんだそうです。彦邦さんは次男の系統。その後、時代と共に米軍との取引が増え、カタカナの「ト」はアルファベットの「T」に変わっていったんだとか。

万年筆超初心者ということで、ボールペンなどに使われる油性インクと万年筆に使われる水性インクの違い、性質などを図解しながら丁寧に教えていただきました。ボールペンで書いた文字は数年経つと消えてしまうけど、万年筆で書いた文字は古文書のように何十年何百年と経っても消えずに残っている、というお話も。また、水性インクは「血」のようなもので放っておくと石のように固まってしまうので、なるべく毎日流してあげる、使ってあげることが大切、ともおっしゃっていました。


ペン先の仕組みも図解

ガラスケースの中に並べられた万年筆のなかから選んで買うのではなく、彦邦さんといろいろ対話しながら、その人にあったものを薦めてもらえるので、効率化された無人レジだったり、ネットショッピングも当たり前になった今の時代では、なかなか貴重な機会なのではないでしょうか。

彦邦さんが「これなんかお薦めだよ!」と見せてくれたのは、セーラー万年筆という老舗メーカーから発売されている『ふで DE まんねん』という商品。名前もちょっとふざけていますが、そのお値段なんと二千円。万年筆というからには最低でも1万円ぐらいはするんだろうなあ...と身構えていたのですが、それなら!と即購入。しかも彦邦さんも常々胸ポケットに入れて愛用しているぐらい書き味が良く、特殊なペン先で太い線も細い線も自由自在だそう。

実はこの日万年筆を購入する予定はなかったのですが、つい魅せられてしまったようです。
 

日本でここにしか無いかもしれない50年ものの彫刻機

すると「はい、じゃあ名前も入れてあげようね」と短冊のような紙を渡されました。
なんと、この紙に書いた文字をそのまま、六分の一の大きさで万年筆のボディに彫ることができるのだそう。

私は自分の名前よりもこのお店で購入した記念にしたいということで「彦邦さんの字で、渡口万年筆店と入れてください!」とお願いしました。前にもそういう人がいたよ、と笑いながらめちゃめちゃ達筆で書いてくださいました。訪問日の日付入り。

そしてこちらが貴重な彫刻機。50年以上前のものなので、今ではもうメーカーに部品が無く故障したら交換できないんだとか。日本でここにしか無いかもね、と彦邦さん。
機械にセットした短冊の文字をツマミのような部分でなぞっていくことによって、そのツマミに連動して動くダイヤモンド製の針が万年筆のボディやキャップに刻印していくという仕組みです。

集中力を要するめちゃくちゃ細かい作業のはずですが、彦邦さんはおしゃべりしながら熟練の手付きであっという間に掘り上げてくれました。

世界のひとつだけの万年筆ができあがりました!
万年筆の「万」が「萬」と旧字になっているのもかっこいいです。
 

『信用は無形の資本なり』

店内の壁には、先代による渡口商店々訓が掲げられていました。

一、信用は無形の資本なり
二、眞實こそ凡てである
三、親切より美しきものはなし
四、お客様え心からの感謝をすると共に真の商人たる存在を忘れぬこと
五、蔭日向なき不断に努力をしてのれんの誇りを尊重する事
六、商人は忍耐により成就す
七、常に朗らかに働き得るものは最上の幸福者である

店名を入れていただいた万年筆を手にとるたび、この店のことを思い出してちょっと背筋が伸びそうな気がします。高価なものではありませんが、私にとっては記念となる一本。これから、大切に使い続けたいと思います。
 

渡口万年筆店
住所:沖縄県那覇市久茂地2-21-
TEL:098-863-2075

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