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「あの板」には今も続く沖縄と害虫との戦いの歴史があった
「あの板」の謎
沖縄に住んでいる方は街路樹や庭木に「危」と書かれた板がぶら下がっているのを見たことがあるかもしれません。あれが何なのかご存じでしょうか?
小さな木片に「危」と書かれたやつです
恥ずかしながら僕は知りませんでした。
DEEokinawa編集部にも「あの庭木についてるタグみたいなものは何なのか」というお問合せを頂いたのですが(渡さんありがとうございます)、ネットで検索して見るも1件だけYahoo知恵袋的なサイトで「庭木についてるあのタグなに?」って質問を見つけただけでした(回答として「空き巣のサインじゃないのか」というのが寄せられてた)。
調査は難航…というかそもそも沖縄だけのものなのかも分からなかったため、ずっと放置していたのですがこの前思い出してFacebookで聞いてみたところ、この板が「テックス板」という害虫を駆除するためのものであるということを知りました。
概要はつかめましたが、あの板でどのように害虫駆除を行っているのでしょうか?またどういう基準で設置がなされているのでしょうか?本日はそのあたりの話を聞いてきました。
その答えは沖縄県病害虫防除技術センターにあった
というわけで話を聞きにやってきたのは那覇市真地にある「沖縄県病害虫防除技術センター」。
金城ダムのほとり、沖縄県立芸大の首里金城キャンパスの奥に建物があります。沖縄県病害虫防除技術センターは2006年に「沖縄県病害虫防除所」と「沖縄県ミバエ対策事業所」というふたつの組織を統合して発足した組織で、農作物に被害を与える病害虫の駆除対策や農薬の適正使用などの植物防疫対策事業について取り組んでいるのだそうです。
所長の崎山さん(左)、企画管理班長の大田さん(右)
今回お話をおうかがいしたのは沖縄県病害虫防除技術センターの所長崎山さん、企画管理班長の大田さん。
そして防除の研究をしている特殊害虫班長、佐渡山さんの3人です。それではさっそくあの板、テックス板の謎について話を聞いていきましょう。
テックス板とミカンコミバエ
- さっそく質問なのですが、テックス板の仕組みを教えて頂けますか?
(大田さん)
はい。この板の役割ですがミカンコミバエという害虫がおりまして、この板には雄のミカンコミバエを強力に誘引するメチルオイゲノールという物質とダイアジノンという殺虫剤が染みこませてあります。メチルオイゲノールの匂いに誘われてやってきたミカンコミバエの雄がこの板を舐めることで死んでしまいます。雄が死んでしまうことによってミカンコミバエの雌がいても交尾できず繁殖しないという仕組みになっています。
(佐渡山さん)
この板ですが正式には誘殺板(ゆうさつばん)というんです。テックス板というのは材質のことで、植物質の繊維で作られたボードのことを言うんですよ。まぁ一般的にはテックス板という名称が浸透していますけど。
農作物には色々な害虫がつくんですけど、ミカンコミバエは国が定める植物防疫法という法律でランク付けされた中でもトップクラスの害虫で特殊害虫と位置づけられています。この特殊害虫が発生している地域からは寄生する農作物・植物は他に持っていってはいけない決まりになっているんですね。
(※「特殊害虫」…正式には「検疫有害動植物」)
- ミカンコミバエ…ということはミカンに発生する害虫なのですか?
(大田さん)
ミカンコミバエという名前ですが、寄生するのは果樹全般やトマトなどのナス科果菜類ですね。寄生されてしまうと果実の中に幼虫が入ってしまいます。ミカンコミバエが発生するとタンカンやシークヮサーなどの柑橘類だけでなく、グァバやマンゴーなども出荷することができなくなってしまいます。ミカンコミバエの駆除は沖縄の本土復帰の際に特別な事業として始まって沖縄全域で1986年に根絶をしたんです。その際に使われたのがこのテックス板を使った方法です。
センターの敷地内には根絶の碑があった
- 1986年に根絶したのにまだテックス板を設置しているのですか?
(大田さん)
このミカンコミバエはまだフィリピンや台湾など近隣の諸国には生息しているんです。それが風に乗ったり、人の移動に紛れ込んだりして時々沖縄には入ってきます。これを放置するとまたミカンコミバエが発生してしまうので、今でも定期的にテックス板を設置することでこれを防除しているんです。
- なるほど。テックス板ですが、どのくらいの期間効果があるものなんでしょうか。
(大田さん)
効果は大体2ヶ月から3ヶ月くらいですね。これは時期や設置場所によっても異なるのですが。
ミカンコミバエが風に乗ってやってくるのはだいたい5月から秋冬くらいまでですので、4月から10月くらいまで4回に分けてテックス板を設置しています。テックス板には殺虫剤が染みこませてあるので一般の方が間違って触らないように「危」という文字が書いてあるのですが、どの時期にやったものか分かるように「危」の色が時季で違うんですよ。
そういえば白い文字のやつとオレンジの文字を見たことがある
- 設置される範囲はどのあたりなんでしょうか。
(大田さん)
設置の範囲は南北大東村を除く沖縄県全域です。各市町村に委託する形でひとつひとつ手作業で設置を行っています。地上防除ですと大体年間28万枚のテックス板を設置していますね。また、航空防除といってヘリコプターでテックス板の空中散布している場所もあります。現在は与那国島と西表島の一部ですね。どうしても人の手で設置が難しい箇所があるのと、ミカンコミバエ侵入のリスクが高いためです。
- なるほど。テックス板なんですが、個人宅の庭木にもついているの見るんですが、街路樹だけでなく庭木につけることもあるんですか?
(大田さん)
テックス板はなるべく街路樹などの個人の財産に関わらない場所に設置をするようにしているのですが、ムラ無く均等に設置をする必要があります。また、太陽が直接あたると早く効果がなくなってしまうのと、風通しがよくないと匂いが周囲に拡散しないのでそういった適切な場所が周囲に無い場合は個人のお宅の庭木に設置をお願いする場合もありますね。
沖縄県と害虫の戦い
- 沖縄県にはミカンコミバエ以外にどんな害虫がいるんでしょうか?
(大田さん)
ご存じかもしれませんが、他には「ウリミバエ」という特殊害虫がおりまして、これはゴーヤーや冬瓜・スイカなどの瓜科によくつく虫なんですが、これもミカンコミバエと同じようにその地域にいる場合は出荷ができなくなります。ウリミバエは1993年に沖縄全域から根絶しました。
ウリミバエの根絶で自由に県外に出荷できるようになった野菜の例。
ウリミバエにもミカンコミバエのように雄を引きつける誘引物質はあるのですが、そこまで強力ではありません。ですのでテックス板だけでは根絶に至らなかったため、「不妊虫」というコバルト60という放射線を当てて不妊化したウリミバエを大量に放っています。ウリミバエがどこかから入ってきても、野生虫同士で交尾ができないために繁殖しないという仕組みですね。
センターの横にある大きな建物。ここでウリミバエが大量に育てられているらしい。
(佐渡山さん)
あとはサツマイモにはアリモドキゾウムシやイモゾウムシという害虫がいるために生のままでは県外へ出荷することができません。これの根絶・防除も現在久米島と津堅島で行っています。久米島ではアリモドキゾウムシの根絶が終わっており、あとはイモゾウムシだけですね。津堅島では両方を現在根絶しているところです。サツマイモにつくゾウムシ2種類については主にウリミバエと同じように不妊虫を放つ方法で根絶をしています。ただ、不妊虫を放つだけでは根絶まではいかないので、その他色々な方法を使っています。
ウンチェーはエンサイのことです
- そういえばこの前シマトウガラシの移動自粛みたいな紙を見たんですがあれも害虫ですか?
(大田さん)
最近ではナスミバエというナス科の植物につく虫が本島で広がりつつありまして、これについても現在色々と防除の方法を研究しておりますね。このナスミバエの影響で2012年の後半からシマトウガラシの持ち出しの自粛をお願いしています。ナスミバエがいるから出荷ができない、ということは無いのですが本土にはいない害虫ですので。
害虫との戦いは今も続いている
- 沖縄県病害虫防除技術センターでは他にはどのような事業をしているのでしょうか?
(大田さん)
センターの活動としては侵入警戒調査というのをやっておりまして沖縄全域にミカンコミバエとウリミバエの雄を誘引する物質が入っているトラップを534箇所設置して、二週間おきに回収してミカンコミバエとウリミバエが入っていないかを確認しています。もし入っていた場合はそのトラップを中心にミカンコミバエやウリミバエが繁殖していないか虫が好む植物を調査したりもしますし、またトラップには雄しか入りませんので雌が卵を産んでいないかということで年に2回、5月6月と9月10月くらいに果実の調査もおこなっています。
ミカンコミバエについては根絶したあとトラップに1匹も入らなかった年というのはないんですよ。油断はできない状態です。根絶したら終わり、と思われるかもしれませんが根絶をしたとしても周辺から入ってくる可能性はいつもありますので、まさに終わりがない仕事ですね。
誘引剤のトラップ。
(佐渡山さん)
なぜトラップにミカンコミバエやウリミバエが入っていたかということを現場に確認しにいくとある程度理由は分かるんです。ミカンコミバエで言えば例えばテックス板の設置が甘かったり、その地区だけテックス板の設置の時季が少し遅れていたりなんてこともありますね。テックス板は沖縄県から全ての市町村に委託という形をとっていますので、適切でない場所に設置されてしまう場合もあります。その対策として設置方法をまとめた資料を配ったり、沖縄全域をできるだけ巡回をして、おかしいところがあったら市町村に指導をする、ということをやっているんです。
緊張感は常にありますね。実は昨年度、奄美の方で根絶後はじめてミカンコミバエが発生してしまいまして、タンカンを廃棄するという事態がおこってしまいました。この仕事は何事もなければ誰にも分からない仕事なのですが、奄美みたいなことが起こると大変なことになってしまうんですね。
(佐渡山さん)
誤解があるといけないのでお伝えしておきたいのですが、ミカンコミバエはまだ沖縄に入ってくるので、沖縄は農産物にとって危ない場所だと思われる方もいるかもしれません。でもそうではないんですね。
ミカンコミバエの事例で言えば、先に言ったとおり奄美・九州などでも侵入例はあるんです。強調しておきたい点は沖縄県はミカンコミバエの根絶に成功して、30年間もテックス板の設置や侵入警戒調査といった努力を続けて発生ゼロを維持しているという点です。これからもこの努力が払われる限り沖縄でミカンコミバエやウリミバエの被害が発生することはありません。
(崎山さん)
ウリミバエもミカンコミバエも沖縄が復帰の際に特別な事業として開始されて、当時はこの根絶事業は世界的に見ても「できるか、できないか」という事業だったのですが、先輩方の大変な努力で達成することができました。昔はミカンやグァバを開けると、普通に虫が居る状態だったんですよ。根絶防除をやるようになって、グァバだったりをがぶりとかじれるようになったと。根絶することだけでも大変な偉業なんですが根絶後30年近くゼロを維持し続けているというのも世界的にも例がなくて、ある意味沖縄のブランド技術となっております。
ところが根絶してから30年以上経ってしまうと、そのことを知らない方も多くなってきています。最近はテックス板の設置についても「何をしているのか」とか「他につけてくれ」という方も増えてきているんです。しかしこれはムラ無く設置しなければなりません。どこかにムラがあるとそこを起点にして発生してしまう可能性がありますので。現在はテックス板の設置にまさる低コストで有効な防除方法はありません。ですので県民の方にはぜひご理解して頂いて協力頂ければと思っています。
- なるほど…!本日は色々とお話を聞かせて頂いてありがとうございました!
あの板の裏側にある果てしない戦いが垣間見れた
というわけで本日は「あの板」、テックス板からはじまって沖縄の害虫の防除活動について沖縄県病害虫防除技術センターよりお送りいたしました。
普段何気なく視界に入るあの板ですが、そこには過去の根絶事業から始まり、今なおやってくる害虫と戦う人々の熱い想いが込められているのだな、と思いました。テックス板の役割を知らなかった人も、知っていた人もテックス板を見かけたときは、今でも多くの人が害虫と戦っているということを思い出してほしいと思います。