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さようなら沖縄三越
沖縄の老舗百貨店である三越が経営不振で閉店する、そんなショッキングなニュースが5月に出て県民を驚かせました。
沖縄三越といえば、1957年創業の県内老舗百貨店。
私の亡くなった祖母が三越の前身の「大越」だった頃から通い、私も物心ついた時から、祖母、母の三世代でよく行っていました。
そんな思い出いっぱいの三越が閉店するなんて、思ってもみませんでした。
私がもっと買っていればこんなことには…と思ったのは、私だけではないはず。あ、私だけですか?
国際通りのランドマークともいうべき沖縄三越
デパート好きな私としては、「無くなる前に三越の記録を残さねば」という思いに駆られ、かなり私的な目線ではありますが、閉店直前の様子をレポートしたいと思います。
閉店前の沖縄三越にやってきた
取るものも取り敢えず、那覇市牧志にある沖縄三越にやって来ました。
まずは、建物の外観を見ていきます。
- 正面入口その1。
- 正面入口その2。
昭和47年に建てられた大きな石敢當。
- こちらは裏口
- 拝所もあります。
建物の裏角にはテナントもあり、写真の右奥には拝所もあります。
誰が利用するのかわからないぐらい目立たない案内所。
国際通り沿いには、三越の歴史を振り返る古い写真が掲示されていました。
いざ店内へ
「57年間ありがとう 全館最終売り尽くしセール」開催中で、店内は大混雑!普段からこの3分の1でいいから、お客さんが来てたらな~。
1階のアクセサリーやバック・靴の売り場。
ワゴンには次から次へとバックが補充され、奪い合う女の戦いが繰り広げられています。
怖くて近づけない。
在庫処分にしては、数が多すぎないか?という野暮は言わないことにします。
セールの誘惑に負けそうになりつつ、エレベーターに乗って最上階7階から、順に降りていきましょう。
7階
7階にはレストランと工芸品、サービスカウンターなどがあります。
昔は屋上遊園地もあったのですが、試行錯誤の末、さびれた休憩所になっています。
ガーデン売り場だったこともあったような。
閉店を記念したお菓子も販売されてました。
せっかくなのでランチにファミリーレストランに入ることにしました。
いつもは物産展とか隣の蕎麦屋で食べていたので、ファミリーレストランで食べるのは、数十年ぶり。
いつもはガラガラ余裕がある店内は、なんと30分以上の順番待ち。
値段はいわゆるファレスとは違って、ちょっとお高め。
一番人気の中華ソバを注文しました。
あっさり出汁で野菜たっぷりで美味しかったです。
そういえば、昔はテーブルの上に、上部にルーレット、下部に100円玉を入れて星座のおみくじが出る球体が置かれていたんですが、最近見なくなりましたね。
6階
6階。催事場とキッチン用品のフロア。
様々な地域の物産展の他に、呉服、生地とハギレ市、ジュウタン販売会など、マニアックな催しが多かっただけに、無くなるのは非常に残念です。
5階
5階。紳士服と子供服、ギャラリー。
かりゆしウェアや紳士小物のセールの横で、まさかのスポーツ水着セール。
海では水着を着ない沖縄県民も、プールでは必要ですね。
絵画もお求め易いお値段になっています…??
子連れに優しい休憩室も完備。
我が子もよくお世話になりました。
4階
4階。婦人服と呉服、ランジェリー売り場。
3階・2階
3階、2階も婦人服売り場です。
3階のトイレは女性用のみ。
落ち着いたバウダールームがついています。
以前は、2階にやや若向きの服もあったのですが、今やほとんど中高年向けに特化した品揃えです。
国際通りが見下ろせる2階のカフェ。
学生の頃、アフタヌーンティーセットやキッシュを覚えたのもここでした。
地下1階
いよいよ地下1階へ。
「デパ地下」と言えば、言わずと知れたグルメのフロアです。
限定販売されていた記念クッキー。
新鮮な鮮魚や精肉も魅力ですが、私は三越に来たら必ず寄るのは、パン屋さん。
- ここがパン屋さん
- ここのコーンパンが食べられなくなるなんて…!!
移転や再出店の予定はまだ無いようなので、レシピを知っているスタッフの方、独立開業しませんか?
そして、買い物で疲れたら、ちょっとひと休みするのが、フルーツジュース屋さん。
老若男女のオアシス。
マンゴーや桃、ブドウ、ゴーヤーなど、まるごとミキサーにかけています。ゴーヤーとリンゴのハーフなどのブレンドも注文できます。
隣の高級フルーツ売り場の売れ残りを使っているのかと思ってた。
100%のマンゴージュースは自然の甘さでおいしく、大人気でした。
さようなら沖縄三越
ざっと7階から地下1階まで沖縄三越の様子をお伝えしましたが、如何だったでしょうか?
沖縄三越の57年間の想い出を写真で振り返る「ご愛顧感謝切手」限定シートも発売されていました。
切手には、正面側にかつてあった東映映画館の写真もあり、私もドラえもんの映画を観たことを思い出しました。
隣の那覇タワーも取り壊しが決まっています。
店舗は私が覚えているだけでも、何度も改装されていますが、隣の那覇タワーとつながって寝具売り場があったこともありました。
- この階段は昔のままのように思います。
- 改修されたばかりの新しいエレベーター。
店員さんと思い出話をしたり、写真を撮るお客さんの姿も、あちこちで見かけました。
私も子供の頃、母親達が買い物している間に馴染みの暇そうな定員さんとおしゃべりしたり、ジュースをもらったり…。
「特別な贈り物を買うのは三越だった」「レストランが憧れだった」「屋上遊園地で遊んだ」など、最近は足が遠のいていても、多くの沖縄県民が、三者三様に三越での思い出を持っているのです。
百貨店以外の那覇空港売店と豊崎マイキッチンの営業は継続し、沖縄三越は10月からリウボウ商事に社名を変更。店舗跡は来年3月から新たな娯楽商業施設として運営する計画のようです。
最終日の21日は約1万8千人が来店し、19時半からは閉店セレモニーが行われ、別れを惜しんだそうです。
閉店翌日の三越前。
- もう開かないシャッター。
- 本当に閉店してしまったんだな・・・。
多くの沖縄県民に親しまれていた沖縄三越。さようなら、今までありがとうございました!
ゲストライター
- AYA
- プロフィール:生まれも育ちも沖縄本島。県民に多い苗字ベスト3入りする苗字だったのに、九州出身の旦那をもったばかりにイチイチ説明が面倒くさい苗字に。殺人事件が起こるドラマが好きでしゃべる機械キャラ萌え。