- DEEokinawaトップ
- コネタ
- ほぼ解体、中城高原ホテル
ほぼ解体、中城高原ホテル
沖縄県民誰もが知っている廃墟であり、国際通りの名前の由来となった「アーニーパイル国際劇場」を作った沖縄の偉人、高良一によって建てられた「中城高原ホテル」。
47年の時を経て、ついに2019年に解体が始まったという記事を書きましたが、工事の工期は2020年の3月20日まで。いったい今はどんな感じなのでしょうか。ずっと気になっていたのですがこの前行ってきたのでその様子をお知らせしたいと思います。
2020年2月の高原ホテルの姿
……!!!
かつてそびえ立っていた建物はもう跡形もありません。すっかり見晴らしが良くなっていました。
よくよく見るとわずかに残ったコンクリートの落書きに、かつての高原ホテルの残滓を見ることができます。
高原ホテルに入ったことがある人は分かるかもしれませんが、ホテルを抜けて展望塔みたいな場所に行く途中には拝所のようなものがありました。
遠くから見る限り、それは残存しているようです。
こうやって建物が無くなって見ると結構な斜面に建物が建っていたのがわかります。
確かにホテル内部は結構な傾斜のついた廊下が特長的でした。
そして、中腹あたりにある大きな岩にご注目ください。これは「雷岩」。
ホテルの建物に覆われてしまっていましたが、中城の主である護佐丸が死んだときに、激しい落雷があり、突如出現した岩だという伝説が残っています。今後ホテル跡が整備されれば、雷岩まで歩いて行けたりもするかもしれません(まぁ普通の岩だと思いますけど)。
もう、ない
というわけで、1972年から数ヶ月だけ営業していたという幻のホテル「中城高原ホテル」。誰もが知ってる通称「チャイナタウン」はすでにほぼ解体されて、かつての姿を思い出すことも困難となりました。
廃業したホテルが廃墟になって47年間現存していたことが異常なことだったので、きっとこれで良かったのだと思うのです。でも出会った頃の写真にはこんな日が来るとは思わなかったわけで、星が森に帰るように自然に消えていった高原ホテルに、消せないアドレスのページを指でなぞるような一抹の寂しさも感じます。
You are only in my fantasy …!